『ブラックジャック』から学ぶ、手塚治虫が問いかけた命と幸福

日本の巨匠、『手塚治虫』氏は漫画やアニメに触れた人ならば誰もが知る漫画家だ。

マルチメディアの基礎を築き上げたその功績は日本を越え、今もなお世界中で評価されている。

彼の代表作をあげれば枚挙に遑がないが、有名どころで「鉄腕アトム」・「マグマ大使」・「ブラックジャック」などがあげられる。

そんな中でも手塚氏の作品「ブラックジャック」は、永遠の紐解かれることのない『命の重み』という問題に正面から向き合った異例に漫画と言えるでしょう。

 

現代風に表すならアウトローヒーローと言える無免許の天才医師を軸に描かれる医学漫画、ブラックジャックは数十年の時を経た現代でも多くの人に愛され続ける手塚氏の代表作だ。

一見単純に思える個々のキャラクター像には数々の細かい設定が隠されており、ストーリーは『命の重み』という難解なテーマにあえて焦点を当てている。

 

ここではそんなブラックジャックの中でも特に哲学的で深い問題を読者に問いかけた、ある3つの物語を考察していきたいと思います。

ひとつのお話の中に散りばめられた、手塚治虫氏のメッセージとは?

 

『ナダレ』 人間と動物、命の重さは違うの?

 

人造トナカイ、「ナダレ」にまつわる物語。

飼い主の依頼でトナカイの脳を大きくするため、脳みそを頭からお腹へと移動させる手術を施したブラックジャック。

その結果、人間の言葉を理解するほどまでに知能を持ってしまったナダレは、環境破壊を続ける人間に憤り、山に訪れる人間を次々に襲っていく。

 

事態を重く見た飼い主に一度はなだめられ留まるも、今度は飼い主を誰にも取られまいと嫉妬を抱いたナダレは飼い主の恋人を襲い、死なせてしまう。

最後は、ナダレに愛憎を持った飼い主の手によってナダレは射殺され、この物語は終焉を迎える。

この話のハイライトは、物語の中で飼い主とブラックジャックが発した次の4つの言葉だ。

 

「動物が人間を殺してはいけない、人間は人間が裁くから」

ナダレをなだめる際に言った飼い主の言葉。

 

「ごめんよナダレ……お前は裁かれなくちゃいけなかったんだ……」

ナダレを射殺した後、飼い主が泣き崩れながらつぶやく言葉。

 

以下は、ブラックジャックがこの物語の結末に残す言葉だ。

手塚治虫氏の心情を投影しているようにも聞こえる。

 

「お前さんナダレに言ったよな、人間は人間が裁くって」

 

「なら、人間が動物を裁く資格があるのか……?」

 

動物が人間を死なせば、たちまち社会は憤怒し、その動物を駆除しようと試みる。

だが逆に、人間が動物を死なせても咎められることは無い。

これは明らかに矛盾である。

弱肉強食と言えば聞こえは良いが、人間の自分勝手なエゴを覆い隠すための虚言と取ることもできるだろう。

自然と生物を何よりも愛していた手塚治虫氏は、この身勝手極まりない人間社会をどう思っていたのでしょう。

 

『壁』 生きるってどういうこと?

 

手塚治虫氏の意向により単行本に収録されていない貴重なエピソード。

受験を控えたにも関わらず、余命を宣言された中学生の少年にまつわる物語。

 

ストーリーに緩急は無く、ただ人生という道を「間もないという死」大きな壁に閉ざされた少年の心情を赤裸々に綴っている。

結末は、少年は病を患ったままあろうことかベッドに乗せられたまま受験に挑み、死ぬその直後まで人生という責務を全うするというもの。

この物語の最後には、手塚治虫氏のこんなメッセージが添えられている。

 

「生きるということは、死ぬまで無限に続く壁への挑戦の連続なのである」

 

戦争という地獄を潜り抜けた手塚氏だからこそ言える言葉。

手塚氏は言う。

「頑張っている人を見ると、人はとにかく煙たがる」と。

単調なストーリーながら、物語の投げかける意味は深い。

 

『ちぢむ』 命と医学は、二律背反?

 

アフリカの恩師に呼び出されたブラックジャック。

その村では突然身体が縮んでいくという謎の病気が蔓延していた。

 

原因解明のために奮起奮闘するブラックジャックだったが、最後に辿り着いた救済策は既にその病気に感染した生き物から血を貰い、その場しのぎの血清をつくるというもの。

だが恩師は既に手のひらに乗るほどまでに縮んでおり、息を引き取ってしまう。

病気の根本的な原因は分からず終い、物語はバッドエンドを迎える。

 

最後のシーンであるブラックジャックの叫び、恩師との会話は「命」と「医学」の二律背反を端的に表しています。

 

「どうして生き物にこんな症状が起こるか考えたことはあるかね?」

 

「……?」

 

「野ネズミは増えすぎると生まれてくる子は小さくなって、生き延びる数も少なくなるだろう?」

 

「しかし、それは病気ではなく自然現象です」

 

「そう、自然の仕組みなんだ。ひょっとしたら、それと同じなんじゃないかとね……」

 

「原因も分からず身体にも異常がないはずなのに死んでいく……なんともないのに死ぬのを、先生は自然の仕組みと片づけられるのですか?それじゃあ解決になりません!」

 

「ブラックジャック君、もういいんだ。最初からこの病気には正体などなかったのだよ。もし何のせいだというのなら――これは神の警告だろう」

 

「神?」

 

「わたしには神のおぼしめしが見えるようだ。この地球で人間が小さくなるということは、限られた地球の面積を、生き物全部に平等に分かち合うためには……人間は身体を縮小しなければダメだと、そういうことだよ」

 

以下は、たびたび取り上げられるブラックジャックの代名詞と言える。

 

「神様とやら、あなたは残酷だぞ!」

 

「医者は人間の病気を治して命を助ける!だがその結果世界中に人間が爆発的に増え、食糧危機が起きて何億もの人や動物が死んでいく……そいつがあなたのおぼしめしなら――」

 

「医者は何のためにあるんだ!」

 

まさに、永遠に謎解かれることのない人類への問いかけだろう。

医学とは何か、命とは何かを、この物語ひとつでここまで掘り下げられるのはさすが手塚治虫氏と言えるでしょう。

 

最後に

と、ここまでが僕なりの考察となります。

じつはこの記事、僕が大学時代に満点を取った哲学レポートを校正したものなのですが、いかがでしたでしょう?

少しでもブラックジャックという作品から何かを学んでいただけたのであれば幸いです。

また、あくまでここで述べたのは僕なりの個人的な考察ですので、あしからず。

最後までお読みいただきありがとうございました、それではまた。

シェアしてくださると元気が出ます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする