高校を転校するということは、本当に『逃げる』ことなのか?

こんばんは、もしくはこんにちは。

僕は小中高といじめに遭い、高校転校、通信制高校卒業、大学中退という異例の経歴を持った元心理学専攻ブロガーです。

学生生活を思う存分満喫できる人間なんてものは実は一握り程度であり、特に周りのことを気にかけるような繊細な子はきっと毎日たくさん嫌な目に遭っているのではないでしょうか。

世の中、物事をちゃんと考えられる人間ほど損をするものです、特に『いじめ』や『クラスの雰囲気』なんてものは理不尽の塊であり、理屈や精神論なんて一切通用しないんですよね。

そんな子に残された選択肢はただひとつ……そう、『転校』という手段です。

「精神的に限界が来る前に今の現状から脱出したい……!」

あなたの気持ち、とてもよく分かります。

実際、僕もそんな精神状態を幾度となく経験したものです。

しかし、やはりそういった気持ちは同じ境遇を辿ったことのある人間にしか理解されないものです。

あなたの気持ちを踏みにじるように、周りの大人の中にはきっとこういうことを平気でおっしゃる方もいることでしょう。

「逃げるのか」・「お前は弱い」と。

相手の気持ちも考えられない、なんちゃって大人って世の中に結構たくさんいるんです。

きっとあなた自身、『転校』という行為に後ろめたさを感じていることでしょう。

ここでは、転校という行為が果たして逃げることになるのか、それを心理学や現実的な観点から精神論を一切除いて考察していきたい。

そして、あなたが転校するべきかどうかの判断材料になればと思います。

転校という行為は、逃げることなの?

 

逃げるというよりは、脱出といったほうが正しいかもしれません。

まぁどうあれ形式上、やはりイエスになってしまいますね。

相手が怖いから逃げる、というよりは、学校社会の理不尽から逃げると表現したほうがしっくりきます。

しかし覚えておいてほしいのは、この『逃げる』の場合あなたは敵前逃亡したわけではないということです。

ちゃんと現実と向き合い、限界まで耐えた……どうかご自分を責めず、まずはここまで来れた自分を褒めてあげましょう。

大丈夫、あなたが悪いわけじゃない。

逃げることは、弱いのか?卑怯なのか?

 

ここが大切なポイントです。

まず、『逃げる』という行為自体は弱くはありますが、卑怯ではありません。

本当に卑怯なのは、

『現実の理不尽や嫌な事をすべて相手のせいにして、自分を顧みず自己正当化すること』

本当に弱いのは、

『自分の短所や弱さを認めず、虚勢を張ること』

『自分の弱さを開き直って直そうともしないこと』です。

逃げるという行為は、自分を見つめなおすきっかけともいえます。

つまり、転校という行為で現実から逃げたことを認めつつ、逃げてしまった自分の弱さを克服すればいいのです。

『自分は逃げていない、相手が悪かった』・『別に逃げてもいい、弱いのは悪いことじゃない』

上記のような考えを持ってしまった時点で、あなたの転校という行為は本当に『逃げた』だけになってしまいます。

逃げてしまったことを悔やみ、自分を一歩成長させてください。

開き直っても正当化してもダメです、認めつつ、克服するために体を鍛える、格闘技を習うなどで弱さの矯正をはかりましょう。

『転校』はしても良いのか?

 

もちろん、というより、思い立ったが吉日です。

子供の頃に経験したトラウマは、その人の中で一生消えることはありません。

実際、僕もいまだにふと当時のことを思い出して嫌な気持ちになったり、悪夢にうなされる時が多々あります。

悪いことはいいません、心の傷を増やす前にいち早く『転校』をおすすめします。

今逃げても大丈夫です、あとから相手を見返すだけの力と勇気を身に着ければいいのです。

『逃げる』という行為は、今は後ろめたさにして後々のバネにするものです。

少なくとも、人生に一生もののトラウマを残すより遥かにいい。

一時の恥で済むなら安いものです。

転校という逃げる行為を肯定的に受け止め、自分を見つめ鍛えなおすきっかけに変えましょう。

そうすれば、あなたが転校したことが将来笑い話や良い話に必ず変わります。

正当化せず、開き直らず、『転校』という行為に意義を見出し、ぜひ楽しい高校生活を送ってください。

たかだか3年間のこと、大丈夫、人生は長いんだから!

あとは、あなたが決めること。

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